五、ブランコゆれて
 二日たった土曜日のごご、めずらしくケイがチエのうちへやってきた。よそゆきのふくをきていた。手には、うわさの「炎(ほのお)の翼(つばさ)」のマンガの本をかかえていた。チエが見たことないような、笑(え)顔(がお)になったかとおもうと、ケイは、チエに本をさしだした。
「はい、これかしてあげる」
うけとってから、チエはいった。
「どうしたの、きゅうに。きょう、あそべるんでしょ?」
 ケイは首をよこにふって、うつむいたままぼそっといった。
「炎(ほのお)の翼(つばさ)にもさ……宇(う)宙(ちゆう)の心が、かいてあったよ」
「え?」
「だから、かしてあげる」
「あ、ありがと」
チエは、いみがわからなかった。
「あしたはあそべないの?」
 きいても、まだくびをふるだけのケイは、なんだかとてもげんきなくみえた。
「どうしたの、どこかいたいの?」
うつむいたまま、はなみずをすすっていた。
「おうちの人とおとまり?、おでかけかなにか?」
「うん……」
かすかなへんじが、やっとみたいだった。
「だったら、月曜日にまた学校であおうよ。あそべたらまた木のぼりさせてね」
 へんじをきくまえに道のほうで、プップーと車のクラクションがなった。ケイは、チエの顔を見ないまま、目をこすりながら、走っていってしまったのだ。チエは、なんだかきゅうに不(ふ)安(あん)になってしまった。
 月曜日の朝、たんにんの先生から、とつぜんケイがてん校していったことを、つたえられた。お父さんの会社のつごうでテンキンになったそうだ。きゅうだったのであいさつができなかったから、クラスのみんなには、あとから手紙をおくるとのことだった。テンキンときいて、チエはしんじたくなかった。でも、おとといケイが、うちにきたことをおもいだしていた。
 学校からかえると、すぐに走って、本(ほん)屋(や)さんのかどをまがりジャリ道のつきあたりまでたどりついた。クスノキは地上におりた黒い入道雲みたいに、どんよりと門の上に上(じよう)半(はん)身(しん)だけ見せていた。みどり色につやはなく、おおきなおばけのぬけがらのようにも見えた。かんのんびらきの門は、おしてもあかなかった。しずまりかえっていた。ケイのなまえをなんかいもよんだ。チエの声だけが、耳のおくでこだました。見上げた門のむこう、はるか高く、そびえるクスノキに、ケイがのぼっていたてっぺんのえだと、チエがのぼった下のえだが見えた。チエはつぶやいていた。「クスノキさん、どうしたらいいの」チエの心にわきあがるおもいがつうじたのか、門のよこにぬけあなをみつけた。ともだちになったクスノキがいてくれてほっとした。ブランコをかざる、ネックレスのカラスウリが、なきはらしたチエの目みたいに、まっかにそまっていた。はっぱは、とっくにかれて、ロープにすがりついているようだ。
ここが、まほうの国への入り口だったらどんなにかいいだろう。いますぐにでも、ケイのところへいけるかもしれないのだから。あの日みたいに、ブランコにこしをおろしてみたけど、だれもこいでくれない。じぶんでゆれながら、目をつぶった。
ブランコにゆられながら、おちついてきた。いろいろなことがつたわって、チエをせめているみたいだ。ケイをたたいた手がずきっとした。「ごめんなさい、ケイくんをたたいてしまって、ごめんなさい。わたし、まだきちんとあやまってなかった……」
 チエはなきながら、だんだんくやしくなってきた。じぶんにはらがたってきて、ひとりで、クスノキにのぼりはじめた。
(ここに足をかけて、えだをつかんで……)
 ぜんぶケイがおしえてくれたとおりにのぼれた。シジュウカラのすばこがそのままだった。ひとりじゃ、ここまでしかのぼることはできなかった。てっぺんにいく、ゆうきも、げんきもなかった。また、ブランコにゆられた。目をとじると木のぬくもりがケイみたいにおもえて、なみだがあふれた。チエには、ケイの心がようやくつたわってきた。(いちどでいいから、ケイくんの役(やく)に立ちたかった……)そのままずっとブランコにゆられていた。ケイといっしょにみつめていた空。この空が宇(う)宙(ちゆう)なら、そばにいなくても、おなじ空気をすっているはずだと、おもいだした。ケイが「炎(ほのお)の翼(つばさ)」に宇(う)宙(ちゆう)の心がかいてあるっていっていた。
「『離(はな)ればなれでも、心は通じ合えるんだ。たとえ死(し)んでしまっても……』
 そうわかったとたんに炎(ほのお)の翼(つばさ)は大きく羽ばたいて、火(ひ)の粉(こ)をまきちらしながら暗(くら)闇(やみ)の世(せ)界(かい)に光をよびもどしました」
もう一(いち)度(ど)、ページをめくりたくなった。
 あざやかなあかね色が、ぼやっと、ゆれた。
 チエをのせたブランコは、秋のまんなかでゆれていた。
そして、いちばん星を見つけたとき、宇(う)宙(ちゆう)の心も見つけることができた。きっとケイも見ているにちがいないとしんじられた。
 さよならのブランコは、いつまでもケイのぬくもりといっしょにゆらゆらとゆれていた。