四、木のぼりできた!
 つぎの日、いよいよ木のぼりにちょうせんすることになった。
 ケイくは、少しずつ、おしえてくれた。
「きょうは、あの二ほんめのえだまでね」
「ええ、てっぺんまでいかないの?」
「チエちゃんのやる気はすごいけど、けがしないように、少しずつね」
 まるでほんものの、おにいさんだ。
「まず、ここがさいしょに足をおくところ」
 ケイがやって見せてくれた。
 いわれたとおり、足をかけて右手はあたまのところのえだをつかむ。
 そして、左手でみきをおすように、からだをささえるのだ。
「あれ、ケイくん、えだがつかめないよ」
「ちえちゃん、左足でのって」
はじめに木にかける足を、まちがえていたのだ。
「あ、そうか」
ほんとに、ケイは先生みたいだ。
「うまい、うまい。チエちゃん、そのえだにすわってまってて」
 ケイが、うれしそうにほめてくれた。
 そしてちょうどブランコがむすんであるえだに、チエがうまのりになっていると、いつものように、けんすいさかあがりでチエのすぐうしろにこしをかけた。
「やったね、チエちゃん。ここもけっこういいでしょ」
「うん、こんなに高いとおもわなかった」
「でしょ、だから少しずつね」
「うん」
 チエは、ケイのいうことをなっとくできた。
おやしきの、やねのすこし下の、といとおなじくらいの高さだ。
 もうすこしのぼれば、かわらでできたおかの上が見えそうだ。
「つぎは、あそこまでいくよ」
 チエは見あげると、すごく高くかんじていた。
 かおいろを見ていたケイが、すぐに気づいて声をかけてくれた。
「もうやめておく?」
「ううん、へいき」
「チエちゃん、まけずぎらいだからな……。でも、むりはしないでよ。一ぽんめまでのぼれてけっこうまんぞくでしょ?」
「うん、でも二ほんめまでいってみたい」
「よし、じゃあ見てて。はじめ、一ぽんめのえだに立つんだ」
 二ほんめのえだが、ちょうどむねのたかさにくるから、こんどはりょう手でつかむ。
 それで、てつぼうにとびつくみたいにして、のっかるのだ。
 ケイは、かんたんにのぼったけど、えだのうえに立つだけで、足がふるえてしまう。
「ぼくがじゃまになっちゃうから、ぼくはもうひとつ上にいくからね」
 ケイはおいでと、手まねきした。
 チエは、えだに手をかけたまま、すこししんこきゅうをたくさんしていた。
「チエちゃん、がんばって、そこにのぼれたら、きょうのれんしゅうはおわりだよ」
 チエは、はをくいしばって、おもいきってとびついてみた。
 ぐらっとしてこわかったけど、なんとか、おてほんのまねをして、えだにまたがることができた。
 パチパチと、ケイがはくしゅをしてくれた。
 やねの上が見えた。黒くひかるかわらが波のようにならんでいた。
「上を見る、ゆとりある?」
 ケイの声に、首をよこにふるしかなかった。
 ケイはすぐに、そばまでおりてきてくれた。
「手をはなして、ぼくにつかまって、上を見てごらん」
 チエはえだをりょう手でつかんでいたけど、かたほうの手を、うしろにいるケイのほうへのばした。
 ぎゅっと、力づよく手をつないでくれた。
 ほっとしてかおを上げた。
 ケイの顔が、すぐそばにあってどきっとした。
 そして、いわれたまま上を見てみた。
 鳥が、あたまの上のえださきにとまっている。
 すずめくらいの大きさの、グレーの小鳥だ。
「ケイくん、なんていう鳥?」
「シジュウカラさ、春になるとたまごをうみに、そこのすばこにやってくるよ」  
クスノキにすばこがかけてあるのを、見ることができた。
「やっぱりね、おもってたとおり」
「なにが」
「ケイくんはぜったいに木のぼりして、小鳥とはなしをしてるっておもってたの。あたってた」
ケイはてれくさそうに、えがおを見せた。
「ちえちゃん、すごいね。いいかんしてる」
「ケイくんのことなら、なんとなくわかるの」
「うそだあ、」
「ほんとよ」
「ほんとに?」
 そのときこころなしか、つないでいる手にぎゅっと力をかんじた。
「さて、おりるれんしゅうもしなくちゃね」
「ええっ、せっかくのぼったのに」
「そういうとおもって、ここまでにしといてよかったよ。けっこうおりるほうがあぶないんだから」
「そうなの? 知らなかった」
「でしょ?」
 ケイは、まずさきに、一つ下のえだまでおりた。
「チエちゃん、さっきとぎゃく、てつぼうからおりるつもりで足をブランコのえだまでのばすんだ」
「ええ、そんなことできないよ……」
「できなくてもそうしないと、おりられないんだよ。ね、チエちゃん、ゆっくりでいいから、がんばって」
 ケイはだだっこをなだめるように、ことばをかけてくれた。
「はい、ぼくがつかんであげるから、足をおろして」
 そのことばをたよって、チエはやっとのおもいで足をおろすゆうきがもてたのだ。
 ことばのとおり、ケイはしっかりチエの足をブランコのえだにおろしておさえておいてくれた。
 チエがおりるとまた下へおりて、チエがおろす足をつかまえてくれたので、やっとじめんにおりることができた。
小鳥たちはとっくにうちへかえり、あたりは、ゆうやけにそまっていた。
「ありがとう、ケイくんのおかげではじめて木のぼりできたよ」
「どういたしまして。木の上で、夕やけをみるには、あと二~三日かかりそうだね」
「ああ、いいな、夕やけか。でもわたし、できるかしら」
「だいじょうぶ、ぼくがいるからいっしょにのぼろうね」
 うなずきながら、チエは木のぼりしたうれしさで心がいっぱいだった。
 じゅんちょうに、木のぼりのとっくんはすすみ、二日たってとうとうてっぺんのちかくまでのぼれるようになった。
 さすがに、ケイのように、かんぜんなてっぺんには、むりだけれど。
「ちえちゃん、よくここまで、ほんとにがんばったよね」
「ケイくん、目がくらみそう」
「あ、下を見ちゃだめだよ。そんなふうに見たらぼくだって、目がくらんじゃうよ。ぼくの方を見て」
 チエはえだに立ち、みきにしっかり右手をまきつけるようによりかかっていた。
 ケイはその上に立ってている。
「日がしずみかけてきたね。あ、ふじ山」
 シルエットになって見えるふじ山をケイがゆびさしている。
「わあ……、」
 そういったあと、チエは、なにもいえなくなっていた。
 しばらく、二人ともだまって、少しずつ、くれていく空だけを見つめていた。
学校の校しゃや、いつも見上げているでんせんが、目の下に見えた。
「ほんと。いい気もち。木の上っていいね。なんだか、いろんなことが小さくかんじる」
チエは、これからも木のぼりするとき、となりにケイがいてほしいとおもっていた。
 どんなになやみや、不安(ふあん)があっても、ケイと木の上からながめるけしきが、心の世界をひろげてくれる。
 なやみや不安(ふあん)がちっぽけになってどうってことないってかんじられた。
 くれゆく空に、いちばん星をみつけたとき、ケイがいってたとおり、心に宇宙が生まれたみたい。
「そうだ、わたしたち二人は宇宙人だね」
「う、うちゅうじん? それより、ウルトラマンになりたいな」
「ケイくん、ウルトラマンは宇宙人なんだよ」
「ちがうよ」
「ちがわないもん」
いいあいながら、大声でわらってしまった。
 チエは心のなかで、おもいきりあそんでまんぞくした。いつまでもにやにやしていた。
「ちえちゃん、どうしたの」
ケイが、わらいながらたずねた。
「べ、べっつに」
チエは心とははんたいに、そっけなくこたえていた。
 おとなになっても、ずっとずっと、ここをひみつのばしょに、とっておきたい。
 ケイといっしょに、このひろい世界を見ながらおとなになっていきたい。
 そうねがっているじぶんに気づいていた。
ケイは、チエのかおをみながら、心のなかがわかったみたい。
「ね、だから、ちょっとはやかったかもしれないけど、ちえちゃんに、のぼらせてあげたかったんだ。とにかく、時間がないからさ」
へんなこというなとおもって、たずねた。
「時間がないって、どういういみ?」
「あ、あ、あのさ、秋は日がみじかくなるってこと」
「ふーん、そっか」
 ごまかされずに、ききかえせばよかったのだ。
 わたしは木のぼりして、なんだかいままでのじぶんを、小さくかんじていた。
 ケイのことを、かけがえのないともだちだとおもえた。