三、テンキンってなに?

 しばらくして、やっとなかなおりできるチャンスがきた。学校で、ケイがめずらしくドッジボールのなかに、はいってきたのだ。
「ケイくん。わたしのそばにいていいよ。よけるんだよ。ワンバウンドのボールは、あたってもセーフだからね」
 チエのとくいなドッジボールで、ケイのやくに立てそうだった。
 おとなしいケイのことが、ほんとにしんぱいだった。
 木のぼりめいじんのケイは、ドッジボールだって、けっしてへたではなかったのだ。
 チエには、あまりすきじゃないんだと、いっていた。
 でも、ほんとにめずらしく、そのときは、チエのうしろにくっついていた。
「チエちゃんあぶない!」
 ケイがさけんだ。
かよたちが、あまりいじわるするチエに、しかえししてほしいと、ふとしにたのんだらしい。
 ふとしのつよいがんめんねらいのボールに、ケイはわざとみをのりだして、チエをかばってくれたのだ。
 ケイは、つきゆびをして、左手のおやゆびをにぎりしめてうずくまった。
「ケイくん、だいじょうぶ?」
 気づいたら、チエはケイのところにかけよってしゃがんでいだ。
「うん、へいき」
そして、とつぜんドッジボールにかんけいないのに、
「チエちゃん、きょう、うちくる?」
 なんて、たずねたのだ。
 いきおいにおされておもわず、
「うん」
とうなずいていた。
 ケイは、にやっとわらって、すくっと立ち、さっそうと、がいやのほうへ走っていった。(なあんだ、げんきじゃない)チエはだまされたみたいにかんじた。
ぼうっとしていたら、うしろからかよが、ぼんとボールをあててきた。
 チエは、とびはねた。
「やったー!」
 ケイといっしょに、がいやにいられるのでよろこんだ。
 みんなが、いつものようにチエがくやしがっていないのを、ふしぎそうに見ていた。
チエは、学校からかえると、ランドセルをほうってすぐでかけた。
「ケイくんちいってくる」
「けんかしてたんじゃないの」
 かあさんにいわれたのに、あっというまに、うちをとびだしていた。
 本屋さんのかどをまがって、いつものようにスキップでじゃり道をまがったら、ケイが、門の前によりかかってまっていてくれた。
「あれ、めずらしい。おむかえしてくれるなんて」
 チエが声をかけたとき、ケイの顔が、少しくもっていた。
でもすぐに、
「チエちゃんに、いいものみせてあげる」
ケイは、あかるい声でいった。
 チエもふざけた。
「なになに、あたらしいうめぼし?」
 ケイはフフッと、いつものようにわらってくれた。
 そして、チエをにわのおくへあんないしてくれた。

チエは目を大きく見ひらいた。
 なんて、なんてすてきなんだろう!
 色づきかけたカラスウリのつるが、ロープにからませてあった。
 いつもケイがまっさきにとびつく、高てつぼうみたいなクスノキのえだに、ロープがしっかりむすんであるのだ。
 それはブランコだった。
 みどりのクスノキが、うすみどりのカラスウリのネックレスでかざられている。
「すごい、ケイくん、どうやってつくったの」
「このまえ、とうちゃんといっしょに。」
「ふーん、すごいね、ケイくんのとうちゃん」
「いいおもいでにって、」
「え?」
チエはおもいでということばをきいて、不安(ふあん)になった。
「とうちゃん、テンキンするかもしれないんだ」
「テンキン?」
「うん、しごとにいくところがかわっちゃうんだって」
「もしかして、ひっこすってこと?」
「うん」
「ええっ、いつ?」
「まだわからないんだって。来年かもしれないし。ずっとさきかも」
チエは、いますぐではないと知って、ほっとした。
 チエが、ぼうっとしていたら、
「チエちゃん、のってみる?」
ケイがきいた。チエがこくんとうなずくと、ケイはロープをおさえてくれた。
チエはちょっぴり、どきどきしながら、いたにこしかけた。
 すると、
「しっかりつかまってて」
 ケイがそういいながら、チエのうしろからブランコに立った。
 カラスウリのからまるロープをりょう手に、ブランコをこぎだした。
 チエは、ちょっとこわかったけど、気づかれるのがくやしいので、目をつぶって力をこめて、だきしめるようにしっかりロープをにぎっていた。
 びゅーん、びゅんと、風をきる音がきこえた。
 顔に秋のくうきがさわった。
 せなかのケイがあたたかくて、風よけみたいだった。
 ほんとに、いつものにわなのかとしんぱいになって、チエはうす目をあけた。
 ケイがこいでくれているので、不安(ふあん)が少しになってきた。
 ケイにあわせて
「フューン!フューン!」
と、声を出してみた。
ケイとどこかの森に、とんできたみたい。
 ブランコにゆられてるだけなのに、心がおちついてきた。
「わたしも、立ちこぎしてみたい」
「えっ、こわくなかった?」
ケイがブランコをとめてチエのかおをのぞきこんだ。
「あ、あったりまえでしょ」
 ちゃんと、見ぬかれていた。テンキンということばが、耳のおくから、はなれなかった。
「ああ、でも今日はやめときな」
「なんで?」
「なんでも……」
ケイは、バレリーナみたいにスカートのすそをつまむまねをした。
 はっと、チエはみじかいスカートで立ちこぎは、はずかしいと気づいた。
 いつもなら、ケイのあたまをこつんとこづいて、ケロっとしているのに、そのときは、クスノキのそばで、ケイのことを、きゅうにまぶしくかんじてしまった。
 もしかしたら、ケイがとおくへいってしまうかもしれないのだ、と心のなかにぐるぐるとかぜがまわっているみたいだった。
「せっかくきょう、木のぼりもおしえてあげようとおもったけど、あしたね。じゃあもう一かいブランコをこいであげるから、すわって」
「はい」
 チエは、いつになくすなおにへんじするしかなかった。 ケイは、こぎながらいった。
「あしたはジーパンをはいておいでよ。木のぼりするからさ」
チエはくびをこくんとしながら、気になってたずねた。
「どうして? なんできゅうにおしえてくれることにしたの。あたし、まだ、いじわる、なおってないかもしれないのに」
「チエちゃんはもう、いじわるじゃないよ。今日のドッジボールでチエちゃん、ぼくをまもってくれたし、みんながたのしめるようにって、パスもまわしてたよ」
「あ、そうなの」
 ケイがよく見ていてくれたことに、おどろいて、おかしなうけこたえになってしまった。
 よくかんがえたら、チエをまもってくれたのは、ケイのほうなのに。
「これから、秋空がきれいなんだ。ふじ山だってみえるかもしれないよ」
「うわあ、はやくのぼってみたい」
「空のむこうの、宇宙だって見えるかもしれないよ」
「宇宙? うそ、あの、星とかある?」
「そうだよ」
 ケイは、おにいさんになったみたいに力づよく、ブランコをこぎつづけてくれた。
 夕ぐれになっても、チエはずっとゆられていたかった。もしかしたら、星がみえて、足が宇宙のはじっこに、くっつくかもしれないっておもえた。
 だから、チエは、ほんのちょっぴりあかく色づいたカラスウリのブランコに、もうしばらくゆられていたかった。