二、じけん
 四年生になったころから、チエは学校でつまらないことで、クラスのともだちとよくけんかをした。
 あるとき「炎(ほのお)の翼(つばさ)」というすごくおもしろいマンガについて、学校でもみんながうわさばなしをするようになったことがある。
「ようこちゃん、すごい、ぜんぶもってるの? いいな」
「こんどかしてあげようか」
 ぼくもわたしもと、ようこのまわりにクラスメートがむらがっていた。
 チエはそれが気にいらなくて、よけいなひとことを口にした。
「学校で、マンガのはなしなんかしたらいけないんだよ」 みな、こそこそとささやきながら、チエをけむたそうな目でせめていた。
「チエちゃんだって、よみたいんでしょ」
「よみたくないもん」
いじをはっていた。
「うそつけ」
 つぎの日から、学校がようこの「炎(ほのお)の翼(つばさ)」のかし出しの場になっていた。
「チエちゃんにも、まわってくるからね」
いやなことをいうチエにも、ちゃんと声をかけてくれるなかまなのに、へそまがりはなおらなかった。
「いいっ! うちはマンガきんしなの。マンガよむなら、字だけの本をよめっていわれてるから」
 じぶんでいいながら、ほんとにいやみだなとかんじていた。
 すなおになれず、つよがってばかりだ。
 そんなとき、ケイはあきれたようなかおでチエを見ている。
 学校では、ケイとチエは目をあわせても、えがおをかわすぐらいで、あまり口もきかない。
 チエは外あそびばかりしていた。
 ドッジボールやはじめのいっぽがすきで、じっとしていられない。
 木のぼりだけは、どうもこわくてできなかった。
 もしかしたら、木にきらわれていたのかもしれない。
 チエの心がせますぎて、みどりのクスノキは、チエをみとめていなかったのかもしれない。
 ケイは教室では、絵をかいたり本を読んだり、一人でしずかにあそんでいることがおおい。
 木のぼり名人としてのケイを知っているのは、じぶんだけだとおもうと、チエはなんだかとくべつなひみつをかくしているみたいでうれしかった。
「チエちゃん、かんじわるいよ。あいての気もちかんがえてるの?」
 かよが、マンガのことで、チエにめんとむかっていってきた。
 チエは、ますます顔を、ふきげんさでいっぱいにし、みんなをあいてにぜっこうをきめこんだのだ。
「ふん」
といいながら、みんなにせをむけてしまった。
 とうぜん、チエのところには「炎(ほのお)の翼(つばさ)」はまわってこなかった。
そしてあの日、とうとうケイにあやまらなければいけない、しっぱいをしてしまった。
 カチューシャというかみかざりがはやっていた。
 やよいがとってもかわいい赤いタータンチェックのカチューシャをしてきた。
「やよいちゃん、今日一日こうかんしようね」
 チエの、ピンクのセルロイドとタータンチェックをじぶんかってにこうかんさせて、やよいから、かわいいカチューシャをまきあげてしまったのだ。
「チエちゃん、やよいちゃんないてたよ。かえしてあげなよ」
また、かよが、いいにきた。
「なにいってるの、今日だけのこうかんなんだから、気にすることないのに」
 チエはちっともわるいことをしたなんて、気づいていなかった。
 ケイは、このままでは、チエがみんなにきらわれてしまうのではないかと、しんぱいしてくれていたのかもしれない。
 だから、あんなこといったのかもしれない。
「チエちゃん」
 ケイは、つかつかとチエのそばにちかづいてきた。
 いままで学校で、ケイがなにかいいにくることなんて、あまりなかったので、チエはおどろいてケイのかおをみつめた。
 ケイは、こわい目でチエをにらんでいた。
 どうするのかとおもったら、いきなりチエのあたまにあるカチューシャをはずした。
「なにするのよ!」
 チエが立ち上がると、ケイはことばにはせず、かたをいからせた。
「わからないのか」といっているようだった。
 ケイはすぐに、やよいのところにカチューシャをかえしにいった。
 そして、やよいのところにあったチエのカチューシャを、ばしっとチエのつくえの上においたのだ。
 チエは、なぜかゆるせなくて、ケイをおいかけた。
 ケイはおだやかにいった。
「これでいいでしょ、あれはやよいちゃんのものだからね」
チエは、うなずくしかなかった。
「やよいちゃんに、ちゃんとあやまったら」
 チエははっとしたが、とっさにケイをみかえした。
 かってにはらをたてたまま、
「そんなこと、なんでケイくんがいうのよっ」
チエはおもわず、ケイのほほをたたいていたのだ……。
 ケイはほっぺたをさすりながら、「しょうがないなあ」というかおでじぶんの席にすわってしまった。
 だれがかんがえたって、ケイが正しいとわかりきっていた。
 チエはどうしてこんなことしてしまったのか、わからなくなった。
 まわりの子たちは、ケイをかばうようにかけよって「だいじょうぶ?」と声をかけていた。
 みんなでチエをにらみつけてきた。
 いたいのはケイなのに、チエのほうがなきだして教室をとびだしていた。
校しゃのうらで、チエはケイをたたいてしまった手のひらをみつめながら、ずっとないていた。
 授業がはじまるので、たんにんの先生がむかえにきてくれた。
 先生は、じけんのことをかよからせつめいされたらしい。
 チエはほうかご、先生のまえで、やよいにあやまった。
 なみだが、あふれだしていた。
「ケイくんにもちゃんとあやまらなくちゃね。なかよしなんでしょ?」
先生のやさしい声が、ますますチエのなみだをさそった。
 はなをすすりながら、先生に大きくうなずいてみせた。 チエは学校からかえったら、すぐケイにも「ごめんなさい」をいわなくちゃいけないとおもっていた。
 いままでチエは、学校でほかのともだちにきらわれたって、ケイがそばにいてあそんでくれていたから、へいきだった。
 ケイは、いつもそばにいてくれた。
 おやしきたんけんや、かくれんぼだって、たいていチエのきぼうをかなえてあそんでくれた。
だけど、こんなチエだから、とっておきの木のぼりはおしえてくれないのかもしれないとおもえた。
 あの日、あやまれなくて、「木のぼりをいつになったらおしえてくれるのか」たずねたとき……。
 チエが、走ってかえってしまってから……。
 しばらくケイのうちへは、いきたくてもいけなくなってしまった。
 学校でも目をあわせられなくなっていた。
 ほんとは、すごくあそびにいきたかったのに……。
 ケイは、たいせつなともだちのはずなのに……。
 チエはじぶんのせいで、ケイに「ごめんなさい」をいえなかった。
 チエの心はせまかった。
 まるでぱんぱんにふくらんだ、ふうせんのようだった。