八、紗枝の後ろに
 紗枝と杉太は、走りよって桜のポイントを、足でけってみた。 
「ちょっと、土まで私にかけないでくれる」
「そっちだって、仕返ししたじゃないか。おあいこだぞ」
 半分ふざけて、半分けんかごしでじゃれあっている。
 洋平は後から遅れて歩いてきた。
 二人の様子を笑って見ていた。
 すると、紗枝や杉太のむこうにもう一人、いや、ぼやっとだが、二人の人影が見えた。
 背丈(せたけ)や風貌(ふうぼう)から、和服を着た大人が二人だと思った。
 立ち止まって、よく目をこらしてみた。
 時代劇で見たような、お姫様と若者に思えてきた。
 洋平は、紗枝から聞いた、おじいちゃんの話を思い出した。
(倒されたときにすでに古い木だったのだから、あんなに若くはないはずなのに……)
 洋平の目に映って見えるのは、紗枝たち。
 何も気づかずに、セピア色の映画の中にいるようだ。
 そこで時間を過ごしている。
 洋平一人と、さっきより鮮明に見える二人の精霊の方が、現実の者同士の、三次元空間を作っている。
 洋平は、あわてることなく気をつけの姿勢になり、黙って、ゆっくりおじぎをした。 
 二人は、洋平の立ち居振(いふ)る舞(ま)いに、応じるように、深々とおじぎを返してくれた。
 にこっと互いの笑顔まで、見届けることが出来た。
 洋平は、両手を合わして神様に祈るように心を無にして感謝をした。
(ぼくに声を返してくださってありがとうございます)
 この桜ひろばを愛する子どもたちの幸せを願ったり、大人になって、大山のおじさんのように悩む人のことを許してほしいと、洋平は短い瞬間に頼んだりしていた。
目を開けたとき、二人が確かに微笑みながらうなづいてくれていたのを見た瞬間、幻のように消えてしまった。
 と、同時に紗枝たちの声が、フェイドインしながら、セピア色も総天然色に戻っていた。
「洋平、何やってんだよ。早く来いよ」
 もう遊び飽きて、地面の調査をしたがっている杉太だった。
 突然、
「紗枝ちゃんの後ろに何かいる」
 と、洋平は指差した。
「からかうのはやめてよ」
洋平のふざけているだけじゃないとわかる表情に、内心、怖がってるくせに強がりで通す紗枝だった。
 洋平はぼそぼそといった。
「ぼく、四年の暮れまで、声が出せなかったでしょ? でもそのおかげで、すごくよくわかるようになったことがあるんだ」
「へえ、すごいじゃん。で、紗枝の守護霊でも見えたか?」
 杉太がかまをかけた。
「まあね、そんなとこ。杉太君のも見えたよ」
 杉太はおもしろがって、
「へえ、どんなヤツ?オレの守護霊」
「何百年か前の若武者だよ」
 あまりにも自然に応えたものだから、意外な顔をした杉太だった。
「それ、かっこよすぎるよ。ぜったいに、いたずらばかりして、いつも怒られてる河童(かっぱ)にきまってるよ」
 紗枝が口をはさむ。
 洋平は紗枝の杉太へ気持ちがわかるので、にやっと白い歯を見せてた。
「実は河童だったんだけど、杉太君怒ると怖いからさ。さすが読書家の紗枝ちゃん、いいとこついてくるね」
「おい、いくら紗枝がおどかしたからって、河童はないぜ。じゃあ紗枝の守護霊はなんだった?」
 杉太が食い下がる。
「木の精だよ」
 洋平のせりふに紗枝が、偉そうに胸を張って見せた。
「何の木だよ」
 洋平は、足元を指差していた。
 ふざけた空気が、少しまじめになった。
「まじ?」
 思わず杉太がつぶやく。
 洋平は無言で、目を閉じ、ゆっくり首をたてにふった。
「洋平君、おかしなこといわないでよ。なんであたしの守護霊が、よりによってここの」
 地面を指差しながら、杉太の前なので、やや弱気に声を小さくしていう紗枝だった。
「桜の精だなんて、あるはずないじゃん……」
 その場から逃げ出さずにいられなかった。
 もう、平然と、強気の紗枝でいられなくなった。
 次の瞬間、紗枝は走っていってしまった。
 予想もしなかった紗枝のうろたえかたにおどろいて、洋平と杉太は顔を見合わせて、置き去りにされた子犬のようにおろおろした。
 杉太らしくもなく、洋平を責めてしまった。
「どうするんだよ。お前が悪いんだぞ。紗枝だって、一応は女の子なんだからな。おどかし方がまずかったぞ。やりすぎだよ」
「杉太くんだって、調子合わせてただろ、早く追いかけてあやまったほうがいいよ」
 杉太は、どうすべきか答えがわかったとたんに、走り出していた。「お前も来いよ!」
 走りながら、洋平のほうを一瞬ふりむいたきり、杉太はさえの後を追った。
一瞬の出来事だったのに、あの精霊との遭遇で、洋平は、ひろばの秘密を自然に理解させられていた不思議を感じた。
 確実に、心の強さが増したことも、自覚できた。