七、悲しみの根っこ
 切り株が残されたが、あまりにも複雑にからみ合い、土の下の根は簡単には取り除けなかったのでそのままにされたらしい。
   戦争中もあのひろばは空襲を受けずに、無事だったそうだ。子どもたちを遊ばせてくれるひろばは、だまってそこにいてくれたのだ。
 いつだったか、お父さんが生まれるころ、野球がはやりだして、あの木の根っこが、走るのに危険だと、切り株が埋まるくらい土を入れて、ひろばは野球ができるような平らな状態に埋め立てられたのだ。
「あそこには、あの桜の古木の魂(たましい)が、今も眠っておるんじゃろう。だから、悪いことをした者は、転ばされる。おとなも子どももな」
語り終わって、疲れたようなおじいちゃんは、しずかにお風呂に入ってやすんだ。
家族皆、うっすら涙をためて、ため息をついていた。
 紗枝たちはあの地面の下の秘密を知った。
 紗枝にも健にも信じられた、桜の精があのひろばを見守っているんだと。 
 紗枝は、翌日学校で事情を話した。
「警察に話すレベルの事件ではないみたいよ。桜の怨念とでもいうべきかもね」
「それをのろいともいうんですよね」
 洋平が、念を押した。
「それで、大山ストアーのおじさんには話を聞けたの?」
 杉太が、紗枝に聞きなおした。
「まだ聞いてないけど、もうコンビニはあきらめたらしいよ」
「そうか、じゃあもしかして、胃潰瘍は大丈夫になったのかな」
 杉太がいうと洋平が続けた。
「もう退院しました?」
 紗枝が鼻の頭にしわを寄せてにんまりしてみせると、二人はほっとした顔でよかったねと、手を取り合って喜んだ。
「おじいちゃんの話では、ひろばは今も工場の土地だから、店を出したかったら、いちいち工場の経営者に、土地の使用を頼まなければいけないそうよ」
 杉太は、しばらく考えて、紗枝を見た。
 紗枝もうなずきながら、杉太に目で答えた。
「やっぱり、大山さんに話を聞きに行ったほうがよさそうだね」
 洋平の言葉で、すっかり三人の意気がそろった。  
週末に、大山ストアーを訪ねることにした。
 おじさんは、店のカウンターの奥で、いすにすわって店番をしていた。
 いくぶん白髪が増えて見えたし、少し出ていたお腹はへこんで見えた。
 以前の元気は、まだ復活していなかった。
 入り口の戸を開けると、
 ピンポーン 
と、来客を知らせるチャイムが鳴った。
「いらっしゃいませ」
とりあえずの、声がかかった。
「おじさん、こんにちわ。おかげんはいかがですか」
 紗枝は、男の子を引き連れてぺこりと挨拶をした。
「ああ、紗枝ちゃんか、ありがとう。おかげさまでね。罰(ばち)が当たってしまったが、早めに反省したから神様が助けてくれたよ。町内の皆さんには心配をかけちゃったよ。紗枝ちゃんとこのお父さんやお母さん、ああ、洋平君のご両親にもお見舞いに来ていただいて、すいませんでした。よろしくいっておいてね」
「おじさん、実は、ちょっと聞きたいことがあっておじゃましたのですが、」
 かしこまっている紗枝を見つめて、おじさんは、うなずいてくれた。
「それで三人か、一体どんなことかな」
 杉太もぺこりとおじぎをした。
 紗枝がおじいちゃんから聞いた話とサッカーのシュートポイントでこけてしまう事実を話した。
 いつになく、歯切れが悪い。
「あのう……、おじさんが助かってくれて、ほんとによかったのだけれど、何か助かった理由がきっとあると思って……」
 大山さんは、目を見開いて、怒っているように見えた。
 杉太が、紗枝をつついた。
「なによ、じゃあどう聞けばいいっていうのよ」
 小声のはずが、沈黙の静けさの中、響いてしまった。
 紗枝の後ろに、いつもとびつくおまけつきの菓子がチラッと視界に入っても、今日の杉太はふしぎとちっとも気にならなかった。
 洋平はこういう時しっかり冷静で、大山さんの目を見つめて、話し始めるのを待っている。
 杉太が、思い切ってたずねた。
「ぼくたち、桜ひろばがなくなってしまう、うわさを聞いたんです。コンビニの駐車場にするという。今までも何度かひろばがなくなるっていう話があったそうです。桜ひろばを別の店などにするというようなことに関わると、のろわれてしまうから、桜ひろばは、今もあそこにあるわけで。さっき罰が当たったとおしゃってましたよね。大山さんが、入院されたわけというのはは……」
 そこまで話を聞くと、おじさんもあきらめたように口を開いた。
「まあ、おおよそ君たちの想像のとおりだが、のろわれているというのはどうかな。おじさんも子どもの頃はあのひろばで遊びながら育ったんだ。この地域には、すばらしい財産だよな。みんなわかっているんだ。わかっているんだが」
 おじさんはわかりやすく話してくれた。
 大人になると商売やら、事業で土地がほしくなることっていうのもある。
 おじさんも最後まで悩んだこと。
 他の地区の商店街ではあまり考えない悩みなんだということ。
 きっと、ひろばに説得された気がすること。
 他の大人が聞いたら笑われそうな理由だが、まあ胃潰瘍になるほど悩んだんだといった。
 紗枝が話し始めた。
「家のおじいちゃんから聞いてるんだけど、桜ひろばの地面には、桜の根っこがうまってること、おじさんはご存知ですか?」
「いや、知らなかったな。また、根っこだけうめるとは奇妙だね」
 紗枝は、おじいちゃんから聞かされたことを大山さんに話した。
 大山さんは、なるほどと感心した。
「きっと、わたしはその桜の守り神に、助けられたのかもしれないね」
「うちの犬は、桜の根っこがうまってるところにくると、足を踏ん張って動こうとしません。二年前の暮れに、何かに誘われるみたいにひろばへ走っていきました。電車に敷かれそうになりました。そのとき、ぼくは声をとりもどせたんですけど」
 洋平はしゃべりながら、あのひろばが自分たちに何か伝えようとしてると思えてきた。
大山さんは大きくうなずきながら、つぶやくようにしずかにいった。
「おじさんもその桜に助けてもらえたのかもしれないね。名実(めいじつ)ともに由緒(ゆいしょ)ある、銘木(めいぼく)だったに違いないね。きっとその桜は」
 大山さんにお礼をいって、三人は店を出た。
「だれだよ。のろわれて死ぬとかなんとか。いいかげんなうわさを信じて」
 杉太が二人にいうと、
「だけど、ぐう然にしては、続きすぎよ。前の人たちの不幸。きっとわけはあるのよ」
紗枝は、名探偵よろしく答えた。
「ぼくもそうだと思うよ。アンと話が出来ればなあ。きっとアンにはわかるんだ。人間にはわからないことが」
医者の息子の科学者も、いい返せなかった。
「ちょっと、寄っていこうか、桜ひろばに」
 杉太の声かけに、二人とも、うなずくよりも先に足がひろばに向かっていた。