三、あいつ
たったこの前、商店街の桜ひろばで今年のお花見大会を盛大に終えたばかりなのに、ゴールデンウィークの売出しが終わった頃、いやなうわさが広がり始めた。
 大山ストアーのおじさんが、胃潰瘍で入院した。
 洋平と紗枝は気になることを話題にしていた。
「紗枝ちゃん、やばいよね。大山ストアーのおじさんだいじょうぶかな」
「あたしずっと気になってたことがあるの。洋平君いっしょに確かめるの、手伝ってくれる?」
「うん、ぼくにできることならね。杉太くんにも声かけるでしょ」
「声かけなくても、そのことならあいつは、もうかぎつけてるわよ」
 紗枝の視線の先に、杉太が四~五人のクラスメートとふざけっこをして、笑い転げている姿が目にとまった。
 机に腰掛けて、足をぶらぶらさせてる子。
 その子に向かい合わせで、いすの背もたれに向かって馬乗り状態で、がたがたさせてるのが杉太だ。
 数人がそれを取り囲んでいる。
 近頃、こうしてよく中心で輝いている杉太だった。
 五年生の四月に転向してきたばかりなのに、杉太はこの町や学校に溶け込んでいる。
 古くからの住人とちがわない。
「今日の放課後さ、みんなで桜ひろばで遊ぶことにしたんだ。山本君のいとこが、一緒に遊びたいっていうんだよ。洋平も紗枝もだいじょうぶだろ? 五年が三人六年が六人、チビたちも入れると総勢一、二、三・・・」  
 指をうれしそうに折りながら、杉太は
「十一人だよ。すっげー。六年生になってからこんなに集まるのはじめてだね」
 紗枝と洋平を見て、ようやくちがう空気に気づいた。
「いいわよ、ただし、半分は、気になることを調べるために行くの。洋平君とあたしは、ずーっとあんたにつきあって、遊んでるわけにはいかないのよ」
「え? なんかさびしさを感じるぞ。なんだよ、いいたいことあるならはっきりいえばいいじゃないか」
「どんかん」
 いってもわからないと確信して、紗枝が口にした。
 洋平も追い討ちをかけた。
「うん、杉太くんは頭良いけど、時々、どんかんになるね」
「ひでえ、洋平には、いわれたくないぞ」
「のんきに遊ぶだけじゃ、桜ひろばがなくなりそうなことを調べたり、のろわれたかもしれない、大山ストアーのおじさんを、救えないでしょ」
 紗枝はめずらしく、おどし文句のように、杉太に向き合っていい返した。
「ああ、そうだごめん。そのことがあったんだよね。ごめん、忘れてたわけじゃないよ。オレも手伝う。手伝わせてくれ、な、な」
 洋平と紗枝を交互にみながら、杉太は頭をかいた。
「いいよ。じゃあ放課後ね。洋平君、ランドセル置いたらうちに来てくれる? いっしょにに行こう。あいつはほうっておいて」
「ずるいぞ、オレは?」
「山本君が、いとこ連れてくるんでしょ」
 そっけない紗枝に、杉太はそれ以上食い下がれなかった。
 山本君は杉太と同じ住宅街に住んでいた。
 洋平には、紗枝の気持ちに気づかない杉太のそんなところが幼く感じられた。  
放課後のひろばは、にぎやかだった。
 杉太たちは、まだ来てない子を待ちながら、ボール一個に群がって遊ぶ、めちゃぶつけをはじめていた。
こんなときは、紗枝が男の子よりも燃える。
 紗枝はボールを絶対落とさない。
 そのキャッチ力のすごさを頼って、女の子たちは、みんな紗枝の後ろにかくれて逃げる。
学年に関係なく、みんなで騒いだ。
東側では、幼稚園児や一・二年生の子どもたちがドッジボールに熱中している。
 缶けりをしているグループもあった。
桜とケヤキの森に続く、フェンスの一部がはずされていて、かくれんぼに最適の入り口になっている。
 ケヤキの新芽が美しくそよぎ、葉桜の中に遅く咲いた名残花や紅のしべが残って、うす茜の立ち姿を見せてくれている。
根元には、花びらがたまって、ピンクの影を落としている。
 八重桜が散りはじめてから、まだ雨も降らずに二日くらいたっていた。
時折、土手の上の電車が、ひろばの声を全て吸い取って、ガタンゴトンという音に変えてしまう。
 そのとき、風が起きて、花びらを巻き上げ、違う地面に薄ピンクのじゅうたんを、敷きなおしてくれる。
 電車とだるまさんがころんだをしているみたいで、音のない瞬間がおもしろい。