十
 ミキオは、目覚めたとき、病院のベットに横たわっていた。
 枕元に視線を落とすと、母親がひざまずいて祈っているようだった。
 泣きはらした真っ赤な目は、母親としての、柔らかい慈愛に満ちた心を取り戻している証だった。 
 ミキオは母親の後ろの方に、桜ヶ丘高校からの見舞いの花束が目に映ると思わず言い訳した。
「ほら、学力だけじゃないんだよな。進学って……。ぼく、飛び込み向いてるかもね」
 そう話しながら、まんざら冗談でもないなと思えておかしかった。
「何言ってるの」
 こつんとおでこを小突く母親が笑顔だったことが、ミキオをほっとさせ、二度目の眠りを誘った。
 ユキタは、自分で記憶していないのだが、タロウたちの証言で、しっかり自力でプールサイドへ泳ぎ着き、
「救急車、お願いします」
と、ミキオのために、叫んだらしい。
 家にたどり着くと、修学旅行から帰ったときのように、丸一日熟睡した。
 事の顛末は、タロウとソウスケが、まれにみる演技力で、男同士の度胸試しをでっちあげてくれた。
 当然、警察や学校で、親まで呼び出されて叱られた。
 警察の署長さんが、
「自分も、ガキの頃に似たようないたずらをしたもんだ。」
と、にこにこしてくれたので救われた。
 子どものいたずらということにしておさめてくれた。
 夏休みも半分過ぎて、元の生活に戻り、三日後。
 自転車で塾へ行く道で、ユキタはミキオといっしょになった。
「まいったよなあ、救急車呼ばれてるし。桜ヶ丘高校からは、飛び込みの勇気を認められちゃって、スカウトされちまうしよ」 
 自転車を降りて話しかけてきたのは丸刈りになったミキオの方だった。
「そりゃ、オメデトさん。いいよな。見栄義の特待生だと顔パスか。マルコメヘッドもお似合いで」
「相変わらずイヤミはさえてるな。おまえだって来たんだろお見舞いの花ぐらい……。抜け目なく、使用許可までとっといたんだってな、飛び込み経験者として」
「まあね」
 ユキタは、まだのびっぱなしの髪をかきあげながら、自転車を降り、笑顔でミキオと並んだ。
「ミキオさあ、太陽の研究してみたらいいんじゃないの。ほら、的を絞り込むときに考えたことを論文にまとめて、地球温暖化を防ぐ発見があるかもよ。案外、ノーベル賞なんかもらっちゃったりして」
 自転車を押しながら二人は肩を並べていた。
「からかうなよ。ユキタだって、いざというとき、すっげー能力を発揮するじゃん。いっしょにやろうよ」
「おれ? だめだめ、平凡だからな。今のところ、普通の中学生ライフを楽しんでおくよ」
「だったら、ぼくもそうする」
「ミキオちゃんは、ほら、母ちゃんの期待を背負ってるから、エリート目指すしかないな」
「ほんとにイヤミな奴だな。ユリちゃんの方が素直でかわいく育ってるぞ」
 ユキタは笑顔を返しながら、忘れていたものを思い出した。
 夢語り姫に届けてもらった、着心地の良かった衣をどこかに置いてきてしまった。
 ずっと身につけたままでいればよかったのに、なんで手放してしまったのだろう。
 悔やまれる。
 幼い日に握りしめていた、肌がけのような感触だった。
 叶うならば、夢語り姫に三度めぐり逢い、せめて御礼の一言も言いたい。
 あの絹衣があれば手渡しで返しに行く口実ができたものを、どうして置き忘れてきてしまったのか、全く悔やまれる。
 ユキタは、あの時、確かに袖を通したはずだが、どのような柄だったか、何色だったかの記憶は薄れていた。
 とにかく、夢のように心地よい香りと感触の衣を無性に探したくなってきた。
「ミキオ、あのさ、昔のこと調べるのって、どんな勉強すればいいの?」
「史学かな、考古学ってのもあるし」
「コウコガク? それってむずかしい?」
 ユキタからの唐突な質問だったが、ミキオは機敏に回転のいい頭脳でキャッチして、うなずきながら、切り返した。
 明らかに、からかい返してやろうとしているのがわかる。
「お姫様に逢いたいんだろ」
 ユキタは核心をつかれて、赤面したのを隠そうとうつむいた。
 だが、耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかるので、よけいに恥ずかしかった。
 ミキオが笑いをこらえて、ささやくように言った。
「恩人だからな。黙っててやるよ。タカトウユキタくんのコウコガク研究の動機については……」