「桜ヶ丘の飛び込み台のプールを借りて、ミキオと度胸試しをするから、ソウスケのこの前の作戦で、おびき出してくれる?」
 ユキタは、フーワからの大丈夫の報告を受けていた。 
 タロウが驚いたような表情で聞き返した。
「そんなことできるのかよ。ユキタが」
「ああ、タロウは、オレが先に飛び込んで見せた後、ミキオのやる気を起こさせることを言ってくれ、あ、ミキオの母ちゃんを、引っぱり出してくれると効果的、いつものように」
「オレさ、ユキタは近頃たくましくなったなっておもうよ」
 ユキタは照れ笑いをかえすだけだが、自分でも充実感を感じていた。
 あの時とは、シチュエーションがちがうが、なんとかしたいという思いは、まったく同じに感じている。
 そして、今のぼる飛び込み台のはしごは、あの、岩をのぼったことに比べれば、実に簡単で楽な感じがした。
 みるみる、飛び込みプールが、小さく見えてくる高さになってきた。
 茶髪のミキオが、ソウスケといっしょに現れた。
「おお、ミキオ。よくきたな。今おまえの母ちゃんも、タロウがつれて来るからよ。本当のこと言っちゃえば」
 ユキタはおもむろに、着ていたTシャツとトレパンを脱いだ。ちょっと日焼け不足でやせぎみの上半身と、赤紺のしましまトランクス型海パン姿を見せた。
 両手を腰に、リングにあがったプロレスラーみたいに、偉そうに叫んだ。
ややひるんだように見えたが、ポーカーフェイスでミキオはしらばっくれていた。
「ユキタをなめないほうがいいぞ。あいつ裏番張ってるんだぜ。おまえのガラス割った時の証拠写真も、仲間にちゃんと撮影させたんだって」
 ミキオはソウスケを恨みがましく見返し、胸ぐらをつかんだ。
 ユキタは続けた。
「ミキオっ、来られるもんなら、ここまで来いよ。来られたら返してやってもいいよ。しょ・う・こ・の・品」
 なにも写ってないフィルムケースを握り、ふって見せた。
 ミキオは、めずらしく、あわてた様子で、はしごを一段一段のぼりはじめた。
そこへ、タロウの口から出まかせに、まんまとだまされて、ミキオの母親がやってきた。
「ミキオちゃんあぶないっ。おりてらっしゃい、そのいじめっこはママがやっつけてあげるから。あなたはあぶないことしないでっ」
 母親の登場に、一瞬驚き、足を止めたミキオだった。
「言っちゃえよ。ここからだったら、母ちゃんにつかまらなくてすむぞ。それとも見せちゃおっかな、この写真」
 ユキタが挑発した。
「そうだ、そうだ、言っちゃえ、ママに」
 タロウまでたきつけた。
「あなたたち、これはいじめの現行犯よ。警察に通報するわよ」
 母親は大あわてで、ミキオを追いかけようとした。もうすでに、ミキオがユキタのところへ到着した。
「よし、これを返してほしければ、ここからとびこめよ」
 ポーンとフィルムケースをプールに捨てた。
 ミキオが、少しおびえた顔をした。
「じゃ、オレが先に行くからな。突き落としたなんていわれたら、いじめの犯人にされちまうからな。あ、もし飛び込めたら友だちになってやるよ、昔みたいに。また、妹に勉強教えてやってくれよな。かっこいいミキオちゃんにもどってさ……」
 ユキタはにこっと笑いかけて、今必要なヒスイのやじりをもとめて、飛び込み台をけってとんだ。
「ミキオのばっきゃろーう!」
 叫び声は、あたりににとどろいた
高さを物語る時間をかけて、ユキタの身体は水面近くで加速度を上げた。
バッシャーン
姿勢を整えて美しく鋭くプールの中心に 飲み込まれていった。
ミキオは、踵をかえして、はしごを見下ろした。
 その時、母親が中年太りした重そうな身体をゆっくり、しかし顔つきはきびしくあえぎながら上ってきた。
ミキオは、悪寒と、みっともない恥ずかしさを感じた。
 そしてわけのわからないパニックを起こして、あとずさりした。
 ギャーと、フーワがそんなミキオを襲った。
ユキタにしか聞こえなかった声が、ミキオにも聞き取れた。
「ドンくさい節穴の目は、こうしなけりゃ治らないんだよ」
 ミキオの身体のバランスがくずれ、
バッシャーン!
 まっさかさまにプールに落ちた。
「心眼を開け!」
 フーワは、ミキオの意識の中に、怒鳴った。
「ああ、ミキオちゃーん!」
 母親は、はしごにしがみつき、結果的に後ろ向きでエビのように落ちていく我が子を目で追いながら、悲鳴をあげた。